長澤まさみ 映画『おーい、応為』!

長澤まさみの映画『おーい、応為』です。

映画冒頭、いきなり応為が夫と離縁するところから物語は始まります。
「北斎の娘で悪かったな!」と吐き捨てて、家を飛び出す応為が映ります。

父のもとへと出戻ります。
往来を練り歩いて、実家に戻る応為を正面から捉え続ける力強いカットで、物語に一瞬で引き込まれます。
長澤まさみの圧倒的な存在感が光ります。

応為の出で立ちは、男物のような飾り気のない着流しで、毛先もボサボサの無造作なスタイルです。
そして自分のことを「俺」と呼びます。

ボロボロの狭い長屋に住む父・北斎のもとに帰った応為は、片足を曲げて少し肌を見せて座り、ゆったりと煙管をふかします。

その姿は、美しく、潔く、色香が漂い、可憐でもあります。
いかにも男勝りなキャラクターなのに、彼女の持つオーラやスタイルの良さ、眼差しの力強さ、着物の裾からのぞく足首など、端々から女性としての魅力が漏れ出てしまっています。

父娘にして師弟。
描きかけの絵が散乱したボロボロの長屋で始まった二人暮らしですが、やがて父親譲りの才能を発揮していきます。
北斎から「葛飾応為(おうい)」という名を授かり、一人の浮世絵師として時代を駆け抜けていきます。

戸外の場面では、やさしい陽光溢れる野原にのんびりと座ったり、闇夜に提灯の明かりを頼りに歩いたりというシーンが描かれます。

芸術の面で、父親以上に尊敬できる男性を見つけられなかった、北斎と応為の関係は、単なる父娘や師弟の関係を越えたものでした。
北斎も、「美人画では娘にかなわない」と応為を高く評価していたと伝わります。

そして、応為の代表作《吉原格子先之図》の前置きとなる場面も登場します。
吉原の妓楼のなかで灯りに照らされる花魁たちが、通りに姿を見せて客を待つ「張見世」をする様子を、闇夜に紛れた応為が眺めます。

応為は、父に似て、小さなことにはこだわらず、服装や食事にも無頓着で、掃除が苦手です。
部屋にゴミが散らかったままながら、髪は常にきれいに整えていたといいます。

一方、北斎はちゃきちゃきの江戸っ子だが、酒も煙草もせず、甘党で饅頭が好物という一面もありました。
絵の具代には糸目をつけないが、絵以外には無頓着で、自炊せずに出前をとって暮らしたうえ、掃除が嫌いで引っ越し魔でした。
90年の生涯になんと93回、ひどいときには1日に3回も引っ越したといいます。

そもそも彼女が離縁したのは、絵師である夫の絵を批判したことが原因です。
彼女の美意識は、絵の下手な夫との生活に耐えられませんでした。

基準となる要素が「芸術的な感性」であって、その鋭さで父親の「北斎」に勝る男がいなかったことは、彼女にとっての幸運であり不運でした。

全編通して、極端にセリフの少ない映画ですが、その落差も相まって、ラスト付近に応為が、北斎への想いをまくしたてるシーンでは、彼女の言葉が強く胸に響きます。

冒頭で、北斎に女性の足の指の描き方を教えるシーンが象徴的ですが、応為は芸術家気質でありながらも、自身が女性であることを切り離せません。
ときには恋もしてしまいます。

しかし、彼女は当時の女性に求められていた料理や片付けなどがロクにできません。
女性に対し社会的に求められる役割に反して、「絵を描きたい」という自分の衝動を認めるまでにも、相当な葛藤があったことが劇中では示されます。

彼女が北斎と生活し続けたのは、女性の絵師が認められづらかったであろう時代性のなかで、葛飾北斎のアシスタントであることが、彼女を「女」の役割から解放し、「絵師の応為」として、自分らしくいさせてくれる場所になっていました。

応為のよき理解者でもある善次郎との友情や、兄弟子の初五郎への淡い恋心、そして愛犬のさくらとの日常が描かれていきます。

北斎の死後の、応為の記録が残されていないという結末も、北斎あっての応為だったことを物語るようです。
女性が軽んじられる時代だったから仕方ないのかもしれませんが、晩年の応為はどうなってしまったのか。

天賦の才と情熱を併せ持った北斎は、大量の作品を描き続けてもなお、その高い志ゆえに、80歳を過ぎてから「まだ猫一匹ろくに描けない」と涙をこぼし、90歳で亡くなる間際、「天があと10年、いや、5年生かしてくれたら、本物の絵師になれただろうに」とつぶやいたといいます。

北斎と応為の父娘は、長屋の火事と押し寄せる飢饉をきっかけに、北斎が描き続ける境地“富士”へと向かいます。